金木犀


外を歩いていると、甘い香りが鼻を掠めた。 すこし先に、オレンジ色の小さな花をつけた金木犀をみつけた。

ああ、おまえが犯人だな、と近くへ寄り、犬のようにすんすんと嗅いでみても、さっき感じた甘いそれではないような気がした。



わたしは自然が身近な存在だった。

田舎で育った。 海がすぐそこにあり、山も家の裏にあった。


この秋という季節は、異様な数の蜻蛉がわたしの家のまわりを飛び回っている。 近所の木には柿がなり、落ちたそれを烏が巣へと持ち去る。

そして、金木犀が甘い香りを漂わせた後、鮮やかな黄色の銀杏の木で街は埋め尽くされ、その実がコンクリートへと落ちると、車によって潰され、頭痛がするほどの香りへと変わる。

良い季節だなあ、とおもう。 沈黙へと突き進むときの、この鮮やかな自然の移ろいは、わたしのこころをすこしだけ朗らかにしてくれる。



落ち込む日もある。

それでもまあ良いか、という気持ちへと戻るまで、時間がさほど要さない。


きょうは金木犀が街でたくさん見れて良かった。

前から行きたかった和菓子屋さんへと足を運べて良かった。

インスタントカメラの現像をしてきて良かった。

おいしい珈琲が飲めて良かった。